今年も至る所でクリスマスツリーやらリースやらが飾られてきらびやかにLEDをピカピカさせまくり、聞き覚えのあるクリスマスソングがしつこく流れる季節がやってきた。
ついこの間まではニッタリ笑ったオレンジのカボチャのアイテムがそこら中に飾られて「さあ貴様ら!トリックオアトリートと言え!!」みたいな空気だったというのに。本当に早いものだ。
そういえば私は「初詣は正月の三が日に絶対お参りしないといけない」と思ってずーっと生きてきた。
家族も周りの人も、正月が来たらこぞって初詣に出かけていたし「お参りに行かないと神様が怒って悪い事があるかもしれないからきちんとお参りして守ってもらわなきゃ」とか思っていた。
そんな私とは正反対に夫は初詣とか正月三が日に人混みへ行きたくないタイプ。
最初は納得いかなくて「早く!三が日に参らないといけないの!守ってもらわないといけないの!」と無理矢理夫を引きずり出して初詣に連れ出していた。
もちろん田舎の三が日。参拝に車は必須。
神社に向かう参道には車が連なり微塵も進まない。
尋常じゃない渋滞を耐え抜いてなんとか駐車場にたどり着いても駐車場は満車どころか駐車スペースを探し求める車がグルグル巡回している。
車の間を縫うように歩き回るキッズ達。
かきいれ時なのかいつもより格段に値上げされた駐車料金。
やっとの思いで車を停めても参道までが人混みで大渋滞。
帰る頃にはゲッソリで、早く帰りたいと車に乗り込み帰宅ルートを辿るもまた大渋滞。
神社のエリアから出るまでが一苦労である。
そんな「しんどいと分かっている」のに「行かないと悪い方があるかもしれないから」という謎の強迫観念で毎年三が日の初詣を繰り返していたが、2018年の三が日は初詣に行かずに過ごしてみた。
ただ正月気分は味わいたかったので、1月ももう終わるなぁという位に気になった神社に行ってみた。
人はおらず車も好き放題停めることができて帰り道もスイスイだ。
さて今年ももう終わりが近づいてきたが、初詣にきちんと行かなかった結果どうなったのか。
「…特に何も無かった」である。
というよりもむしろ平和で、過去の人間関係で初詣に行っていた時の方が愚痴やらトラブルやらに巻き込まれてブルンブルンと振り回されていた気しかしない。
「初詣にきちんと参らなくても天罰は当たらない」ということがわかってホッとした。
夢の中で「貴様なぜきちんと初詣に来なかったのだ」と神様に責められうなされるとか「お坊さんに殴られる」とかの「こ、これは初詣欠席の天罰…!?」と思えるような事態は特に無かったし。
ということは…
クリスマスだからって特に誰かとネチャネチャ濃厚な暑苦しい時間を過ごさなきゃと焦る必要もないし、イースターだから卵で何かしなきゃいけないわけじゃない。土用のうなぎだって私はあまり好きじゃない。
基本的には自由でいいんだ。
年末年始は正月気分を味わいたいと思えば蕎麦食べておせち食べてもいいし、そんなの食べる気がしないというのならカップ麺だっていいんだ。
バレンタインにはチョコを配らないと人間関係に支障をきたす社風であるとかおせち出さないと家族からのブーイングがめんどくさいとか、「やらないことによって不利益を被る」ならそれなりにしてもいいし。
どうもテレビやネットで「今日はこれをする日です!」と言われたら「世の中そういうもんなのかー」とついつい言われた通りに動いてしまっていた。
周りからの情報を鵜呑みにせずに「私はそれをやりたいか?」と一瞬考える余裕を持つようになりたい。
目指すは「どこかのリア充が言っている情報を鵜呑みにして振り回されるリア充もどき」ではなく「ちゃんと自分でどうしたいのか考えて動けるリア充」だなぁーと思う。今から早速できることを実践していきたい。